教育から学習へ

「教育から学習へ」

この言葉の意味についてお話します。

教育と学習の違いって何でしょうか?1分ほど考えてみて下さい。

・・・

(一分)

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如何でしょうか?例えば、こんな意見でしょうか。

>「教育は勉強と生活指導の両方。一方、学習は勉強の指導のみ」

確かに、その通りだと思います。

この問いには、決まった正解はありません。
正解そのものではなく、その判断にどういう意味合いを持たせるかが大切です。

 

本来の教育と学習の意味とは

私は、こう考えています。

「教育は主語が先生で、学習は主語が学生」

主体性が教える側にあるのか、学ぶ側にあるのかの違いだということです。

教育に携わる人ならここ最近よく耳にするであろう「21世紀型スキル」という言葉。教育業界ではおおむね、20世紀型の大量生産型の教育ではなく、多様性と個性を生かす21世紀型の教育に変わらなければならないというコンセンサスがあります。

では、その21世紀型の教育を実現していくには何が必要なのでしょうか?

それは、「主体の転換」です。

先生という役割の人が主体となって、生徒に教えるというモデルではなく、子どもたちが主体となって、先生から学び取るモデルになる必要があります。これからの社会はどこかに正解や成功モデルがあって、それを吸収し効率よくアウトプットする能力ではなく、正解のない中で説得力のある提案を様々なリソースを活用して組み立てる能力が求められます。後者の能力を育む前提となるのが、自ら学び取るという「主体性」。

昨今最も話題になっている「アクティブラーニング」を、こういう文脈で考えるとわかりやすいと思います。先生が前から一方的に話すのではなく、いかに学生のやる気を引き出し、学生自らが学ぶような環境を作れるかどうかが大切です。根本的な考え方を理解しないままに、手法に溺れてしまうのは危険なのは言うまでもありません。

主体性を育むには、先生はどうあるべきなのでしょうか?

「教育」という言葉は無くならないと思いますが、「教育から学習へ」という移行は今後ますます進んでいくでしょう。

次回は、「先生の役割」についてお話したいと思います。その後、私が考える三つのラーニングについて論じます。